platinum insomnia

元自殺志願者の世迷言

引っ越し

 ついに明日引っ越しをする。七年住んだ家を出る。

 

 この七年、いろいろなことがあった。

 もう死んでしまおうと思ったのは一度や二度ではなかった。

 何日も何日も、ベッドから出られなくてヘトヘトになった。

 お腹が空いて食料を買いに行ったけど、外出するのに疲れ果てて帰ってきてから寝てしまうこともあった。

 周りの人の目が怖くなった。「変な奴が街を歩いているぞ」と思われているような気がして、息をひそめるようになった。

 社会人でも学生でも無い自分の儚さを知った。裸の自分の無意味さを思い知った。辛いから離れたはずなのに、社会から距離をとったら自分には何もなかった。

 

 何度も胃腸炎になって、四十度近い熱のなか、トイレに突っ伏した。死にたい気持ちと生きたい気持ちが一度にやってきて、心が弾けそうになった。

 たくさんの本を読んだ、アニメを見た、音楽を聴いた。人との関わりは避けるくせに、自分を助けてくれるのはいつも人が作ったものだった。

 いろいろな料理を作った。調子が良くなってからは食事が美味しくなった。料理上手になった。

 

 ある時は一日に何度も泣いた。大抵は悲しいことだったけど、何度かは嬉しさからくる涙だった。生きる喜びを実感できて泣いたこともあった。人と深く繋がれて泣いたこともあった。

 恋人とたくさんの時間を過ごした。いろんなものを見て、いろんなものを食べて、いろんな話をして、いろんなことをした。でももう別れた。

 

 初めてこの家にきた時、希望に満ち溢れていた。自分の未来に期待を持っていて、もしかしたら何かを成せるのではないかと思っていた。青年になって、お酒が飲める歳になって、やっと挑戦できるんだと勇気を持って歩を進めた。

 でも、気づいたら足を進められなくなっていた。そればかりか、ベッドからも起き上がれなくなっていた。食事をするだけで、目を覚ましていられなくて気絶するように寝てしまうようになった。知らないうちに、心も身体も誰かのものに取り替えられてしまったような感じがした。

 成功も失敗もしないまま、良くわからないうちに未来を進められなくなった。身体も時間も凍りついて、どうしたらいいのかわからなくなった。そんな状態のまま四年半も経った。

 

 ちょっとずつ、ちょっとずつ調子がよくなっていって、やっと働けそうになった。すごく調子が良くなった。親からすごく距離をとった。自分がしたいことがわかりかけてきた、趣味かもしれないけど。そして、さらに調子が良くなってきた。

 自分の人生を必死に生きるために頑張る気になった。頑張れると思った。恋人と一緒になって人生を豊かにして行けるんだって思った。光ある未来がまた見えてきた。

 でも、直前になって恋人と別れた。一緒にいられないと言われた。同じ空間に居たくないとまで言われてしまった。

 

 それもこれも全部この街のこの部屋で起きたことだった。

 そんな部屋を明日やっと出ていく。

 こんな歳になってこんなことを言うのは変なのかもしれないけど、言う。

 やっと私の青春が終わる。

 鮮やかで、綺麗で、透明で、光り輝いていて。胸にまとわりついて、頭に靄をかけて、胃をもぎり取ろうとするかのような青春がやっと終わる。

 何が変わったわけでも無いし、なんならまだ独り立ちしたとも言えないような状態かもしれないけど、でも終わる気がする。

 

 明日引っ越しをする。七年住んだ家を出て、あの頃抱いた夢と、終わるに終われなくなってしまった青春を終わりにする。